2月 7 2015

夕暮れ時、公園にて。青春の始まりと世界平和。

海沿いの公園へ。そこにはたくさんの子どもたち。みんなとっても楽しそう。ベトナムの子、メラネシアンの子、フランスの子、タイの子、そしてうちの子。いろんな髪の色、いろんな肌の色、いろんな目の色。みんなきれいで、きらきらしている。
世界人類が平和でありますように、って言葉を思い出した。私が子どもの頃、通学路の途中の町内会の掲示板に書いてあった言葉だ。毎日その前を通って、世界人類ってどれくらいの数なんだろう、大きさなんだろうって、ぼんやりと考えながら登下校するのが日課だった。でもそのうち、その掲示板の前を通っても、そこにある言葉に何も想わなくなっていった。しばらくして、私はクラスでいじめられるようになり、もうどうしようもなくなって隣町の学校へ転校した。
転校先の学校では新しい友達、信頼できる先生に恵まれ、そして初めてのボーイフレンドができた。

遠くのまだ知らぬ広い世界のことよりも、友達とのくだらない会話や、バンド結成やボーイフレンドとの内緒の交換日記に夢中になった。たぶん、それが私の青春の始まりだったんだ。

 

子供たちを公園の遊具で遊ばせながら、あの頃のことを思い出していた。

今は胸が痛くなるくらいに、この言葉が重くて、尊い。

 

世界人類が平和でありますように。

 

願いを込めて、祈りを込めて、心の中で反芻する。

世界人類が平和でありますように。

Processed with VSCOcam with f2 preset

 

 

ありがとう。
http://donnalee.nia.nc/


11月 2 2013

わたしの赤ちゃん。

ありがとう。
http://donnalee.nia.nc/

 


3月 26 2013

きみの横顔が好きだ。

特別な日のランチ、お気に入りのビストロへ。オーナー夫妻はいつも笑顔で迎えてくれる。
「今日はね、彼の誕生日なの。」と話すと、グラスシャンパンとシャンパングラスに注がれたペリエが私たちのテーブルに。そんな粋な計らいと美味しいお料理に心地よく満たされる私たち。
機嫌のよいあなたの横顔を私はそっと見つめる。あなたの横顔はとてもいいなぁ。好きだなぁ。
これまでもそうだったように、私はこれからもあなたのいろいろな横顔を見つめて、そしてきっと今日と同じように思うのでしょう。いいなぁ、好きだなぁ、って。
お誕生日おめでとう、あなた。
乾杯、私の愛しい人。

 

 


3月 15 2013

リズム。

今日の午後は健診へ。
エコーで見る赤ちゃんは前回からまた少し成長していた。それがどれだけ私たちを喜ばせることか。
可愛らしく繊細な背骨、頭は丸くて、手足の指は細いのになんだかもうすでに出来上がっているようで。
帰りにラボへ寄ってトキソプラズマの定期検査。検査をしてくれる担当の人はいつも笑顔で「順調ですか?」と聞いてくれる。
「順調です、ありがとう。」と答えられることに感謝しながら私も笑顔を返す。

家に戻ってから、少しだけソファに横になって、エコーに映っていた赤ちゃんの姿を想い返す。
そして聞かせてもらった心臓の音を反芻する。ザワッザワッザワッ、と機械を通して聞こえるあの音。
ずっと昔、私がまだ小さかった頃。怖い夢やテレビを見て眠れなくなったときなどに、母はごくたまに添い寝してくれることがあった。それは本当に稀な出来事なので今でもよく覚えている。私は母の胸に耳を当てて、トクントクンと聞こえてくるその鼓動に自分の鼓動を、そして母の呼吸と自分の呼吸をぴったりと同じに合わせたくて息を吸って吐いてを繰り返した。母はそんな私を見て「馬鹿だね。大人と子供は速さが違うんだから無理しないの。」と笑った。

今、私は自分の中に三つの心臓がある。自分の心臓、小さな二人の赤ちゃんの心臓。それぞれの鼓動を想いながら、ソファから起き上がって晩御飯を作った。
今夜は煮込みハンバーグ。今までは料理が苦手な私に代わって、彼がよくご飯を作ってくれていたけれど。産休中の今はほとんどの食事を私が作るようになった。そうなってからというもの、ふと気づけば毎日毎日、生姜やにんにく、玉ねぎをみじん切りしている気がする。
弱火でぐつぐつと揺らいでいるフライパンの中身をぼんやりと眺めながら、みじん切りのリズムと、あの日の母の鼓動と、自分の鼓動、お腹の中で育っている小さな命の鼓動を想っている。

 


2月 14 2013

今日は愛の日。

 

 

新しい命を授かりました。

愛しくて、愛しくて。それはまだとても小さくて。

愛する人との間に宿ったその不思議で尊い命を。

壊さないように、温めるように、護るように。

 

私の中に双子の赤ちゃんがいます。

小さなふたつの鼓動が私の鼓動とともに輪唱しているかのようで。

それを想うと胸の奥底から、手のひらの中心の窪んだところから、じんじんと生命の力を感じるのです。

もちろん、不安な気持ちがないなんて言ったら嘘になるけれど。
私を愛してくれる人がいるように。
私たちもあなたたちを愛してる。
だから、大丈夫。

たくさんの人がね、私たちのもとに赤ちゃんがやってきますように、って祈って、想ってくれていたんだよ。
そして、あなたたちはやってきた。ちゃんと届いていたんだね。
祈りも、想いも、目には見えないものだけれど、伝わるものなんだ。
ねぇ、それはとても心強いんだよ。

 

毎日少しずつ大きくなるお腹。
私はそれを撫でる。優しく撫でる。
繋がっているね。
みんな、ここにいるね。

愛しているよ、愛されているよ、心から。

今日は愛の日。

世界中のたくさんの人たちが、胸をきゅんとさせて、甘いチョコレートや、いい匂いのお花、おいしい食べ物やアルコールで 愛する人と過ごす日。

小さなあなたたちを想いながら、私は今日を優しく過ごすよ。

もうすぐあなたたちのパパも仕事が終わって帰ってくる頃。

この日のために一昨日からマリネしたお肉は冷蔵庫に。
青いパパイヤのサラダも美味しくできた。デザートにはアプリコットと林檎のタルトもあるんだよ。

 

あぁ、愛しき日々よ、これからも。

今日は愛の日。
ハッピー・ハッピー・バレンタイン。

 


6月 29 2012

拝啓、宮道先生。

 

私が小学校に入学してからしばらく経った頃。
担任の先生に職員室に呼ばれた。
先生はやさしく私に尋ねる。

「あのね、どうしていつも学校に来る時間が遅いのかな?
どうしていつも眠いのかな?」

はい。それはママがホステスだからです。

担任の先生の名前は宮道三江先生。

宮道先生は私の返事にうんうん、と頷いてから、
「あなたのおうちには電話がないでしょう?
だからお母さんにはあなたが伝えてね。先生が今度の日曜日、
おうちにお邪魔しますって。」

はい、先生。だけどお昼より遅い時間にしてね。
ママはいつもお昼までは起きないよ。

「ママ、宮道先生がね。えっとね、日曜日にうちに来るって。」
ママはそんなことを忘れて土曜の夜にしっかりといつもどおりに深酒をして帰ってきた。

ママはシルクのネグリジェを着て眠るのが好きだ。
胸のあたりはかなり透けていて子供だった私は「すけべパジャマ」
と勝手に名前を付けていた。

日曜、私もママもすやすやと午後まで眠るはずだった。
だけどその朝、宮道先生がやってきた。

「担任の宮道です!おはようございます!宮道です!」

ママは起きない。
私は玄関の鍵を開けて先生を招いた。

狭い長家だったので玄関から家の奥まで全て丸見えだ。
すけべパジャマで眠っているママの姿も一望できる。

「おはようございます。担任の宮道です。今日はいいお天気ですよ。」

ママはぎょっとして飛び上がった。

「あっ、すいません。忘れてました!先生、今すぐお茶を!」

宮道先生はにっこりと仏のような微笑みでこう言った。

「おかまいなく、お母さま。こちらの方こそ、失礼いたしました。
もう少しあとで出直しましょうか?」

「いえいえいえいえ!どうぞゆっくりなさってください!」

ママは布団の上に正座して、宮道先生にぺこりと頭を下げた。
下げたまではいいけれど。
すけべパジャマの大きく開いた胸元からおっぱいがぽろん、とこぼれる。

「ママ、おっぱいが飛び出てるよ。」
私がそれを言い終わる前にママは私の頭を強く叩いた。
それ以上、口を開くなという合図だ。

宮道先生はそれでも仏のような微笑みを絶やさない。

ママはガウンをはおり、素早く布団を片付けて正座した。
宮道先生は部屋に上がることもなく玄関に腰掛けたままだった。
そして話が始まった。

「お母さま、私はお母さまのお仕事をきちんと理解しております。
ただね。この子はまだ幼いことを忘れないでください。
きちんとご飯を食べて、決まった時間に寝起きしてこそ体が作られて
いくのです。今のままでは体も心も弱い子になってしまいます。」

ママは慣れない正座に足を痺らせながら、「はい。先生。その通りです。はい。分かってるんですが。」 と俯く。

宮道先生は自分のそばに私を座らせて、さっきママが殴ったばかりの 私の頭をさすってくれていた。
宮道先生は3年間続けて担任でいてくれた。
通知表は体育以外はどの学期も「たいへん良くできました」だった。
ママや親戚は喜んでいたけれど。
私はその良すぎる成績に微妙な気持ちだった。
宮道先生は知っているんだ。成績が悪いと私がママにひどく叩かれるってことを。

1年、2年、3年と担任を受け持ってくれたあと。
宮道先生は別の小学校に転任してしまった。
私は寂しくてたくさん泣いた。
2年と3年のときのバレンタインデーの日、私は宮道先生にチョコをあげた。
2年生のときはママに買ってもらったチョコレートを。
3年生のときは買ってきた板チョコをストーブの上で溶かして。
溶かしたつもりが焦がしてじゃりじゃりになったものをハートの型に
流して冷やしてそれに「宮道先生がママだったらいいのにな。」
と小さな手紙をつけて渡した。
それはママには内緒の手紙だった。

4年生になって新しい担任の先生とうまくいかなくなった。
通知表は「もうすこしがんばりましょう」のオンパレードだ。

ママに叩かれる日が増えていった。
近所の人が警察に通報した日もあった。
誰も私と一緒に通学してくれなくなった。

ある日曜日。私はママに買ってもらったキティちゃんの赤い自転車に乗って
宮道先生の家を探した。
豊橋市草間町。市民病院の近く。
半日かけてようやく見つけた。
斜めがけのポシェットの中には宮道先生が私に送ってくれた年賀状が入っている。

宮道先生の家に着いた瞬間に心の何かがぱんっと弾けた気がした。
玄関のチャイムがどこにあるか分からなくて、玄関のドアに向かって「宮道先生!」とありったけの声を出す。
宮道先生は私が家に来るなんて知らないはずなのに、なぜだか先生は私が来る事を知っていて、きっと待っていてくれている。と強く念じる。
ドアが開いて、びっくりした顔の先生が現れた。「まぁ!」と先生はそう言って。そしていつかの家庭訪問のときのように、やさしく私の頭を撫でた。
のどもからからだし、足も痛いし、なんだか涙が出てくるし、私はわぁわぁと先生の家の玄関にしゃがみこんで泣いた。
先生はにっこりと笑って「よしよし。来てくれてありがとうね。」と何度も言った。先生もちょっとだけ泣いてるみたいだった。

その年のクリスマス。
私は宮道先生の家に招かれて宮道先生の家族と一緒にケーキを
食べたりプレゼント交換をしたりした。
夜はふかふかの羽毛布団で眠った。

楽しかったクリスマスが終わって家に戻った。
宮道先生がくれたクリスマスプレゼントのガーゼのハンカチを、私はママに何度も自慢した。
「ママ、ここにね。ハンカチの隅っこにね。刺繍があるよ。」

だけどママはなんとなく悲しそうな顔をする。
「うん。良かったね。美味しいもの、食べたの?宮道先生はあんたに本当に優しいんだね。」

そしてまたいつもの生活が始まった。
通知表は相変わらず「もうすこしがんばりましょう」ばかり。

しばらくして、ママが電話を契約した。ずっと家には電話がなかったから、隣に住む大家さんの家の電話が我が家の連絡先だった。
私は嬉しくて宮道先生に電話をかけた。
「先生、うちにね、電話がついたの。私の家の電話番号を教えるからね。私も家から先生に電話をかけるから、先生も電話してね。」

中学を卒業するまでは宮道先生と年賀状を送りあっていた。 年賀状を送ることも、届くことも、私にとってそれは神聖なことだった。
だけど一年未満で高校を中退した頃から。
音楽だとか本だとか。そして男の子のことだとか。
いろんなことに夢中になってのめりこんでいくうちに。
子供の頃からの大切だったものを少しずつ忘れていった。

そして、宮道先生のことを想う日が少なくなっていった。

だけど。
宮道先生。
ママにひどく叩かれた痕を先生が優しく撫でてくれて、小さな私とふたりで一緒に泣いてくれた日のこと。
私は忘れたことがありません。
はじめて私に優しくしてくれた人。
はじめて私を優しく抱きしめてくれた人。
幼かった私に正面から握手してくれた人。

宮道先生。
宮道先生。

用事もないのに何度も先生の名前を呼んだ。
ジャポニカ学習帳に何度も先生の名前と住所を書いた。
宮道先生はいつだって仏様のように微笑んでは 、
「どうしたの?先生はここにいるでしょ。わぁ、上手に先生の名前を
書いてくれたのね。ありがとう。」

宮道先生、ガーゼのハンカチは大事すぎて一度も使えなかったけれど。
引っ越しを繰り返すうちにいつのまにか無くしてしまったけれど。

今も私はあなたを想うのです。

宮道先生が私の最初の担任の先生だったこと。
3年も続けて受け持ってもらえたこと。
クリスマスにおうちに招いてくれたこと。
ママも私も本当に嬉しかったのです。
ママは私が高校を辞めること、反対もしなかったけれど。
ぽつりと一言だけ言いました。
「宮道先生がずっと担任だったらあんたは大学まで
きちんと出ただろうにね。」

その答えは私には分からないけど。
ママも私も。
宮道先生が大好きだった。
ママも私も疑い深い性格なのに。
宮道先生のことは信頼してた。

信頼。

この言葉は。
宮道先生が心で私に教えてくれた素敵な言葉です。

ありがとうございました。
どうか今もお元気で。
いつかまた会えたら嬉しいです。

 

 

豊橋市立福岡小学校1年
西村ドナ

担任
宮道三江

 

 

 

 

 

 

 


5月 8 2012

午後に咲く花。


「午睡」というのは、「午後に咲く蓮の花」の名前だとずっと思いこんでいた。
蓮の花は朝に咲く。でも、「午睡」という品種の蓮だけは午後に花が咲く。
なぜだか、ずっとそう思い込んでいた。
いつから間違えていたのだろう。静かに雨が降る午後、曖昧に記憶を辿る。
子供の頃に母や祖父母たちと行った植物園で、初めて蓮の花を見た。
「蓮の花は朝にしか咲かないのよ。」と誰かが云って。
「あんたは寝坊ばかりだから、この花をが咲くところを見ることはできないよ。」と祖母が私に云った。

 

「蓮」と「睡」の字を、幼い私は読み間違えた。
そして、勝手に解釈した。
午睡という名の蓮の花。午後に咲く花。朝寝坊の私と似ているお花。

それは淡い思い違い。
蓮の花は朝に咲く。
私は今もまだその花が咲く瞬間を見たことがない。

 

ワインの栓を抜くときに、ポンッと音がして。
「いい音だよね。蓮の花が咲くときの音に似ているよ。」と誰かが云った。
その言葉の意味を分からない私に、「蓮の花はね、ポンッと音を立てて蕾が開くんだよ。」とその人は教えてくれた。

それからは、コルクが抜かれる音を聞くたびに蓮の花の蕾が弾むように開く瞬間を想うのです。

そして今でも。
もしかしたら世界のどこかに「午睡」という名の、午後に咲く蓮の花があるのではないだろうか、と小さく想う私がいるのです。


4月 20 2012

金ちゃんとレニー・クラヴィッツ。

 

成人式が終わり、私はひとり暮らしを始めた。
慣れた町を離れて、大阪の美容院に就職した。
その美容院はアメリカ村の外れにあって、小さいけれどいつも適度に混んでいた。
田舎から出てきたばかりの私には、そのアメリカ村という場所も、関西弁を話す人たちも、仕事も、電車通勤も、なにもかもが初めてで、新鮮で、なによりも刺激的だった。
溶け込みたい、飛び込みたい、と思うあまりおかしなファッションに挑戦してみたり、夜遊びにどきどきしたり、休みの日にはたこ焼きを買って食べ、タワーレコードに入り浸っては視聴できるCDを端から端まで聞いて回っては一日を過ごした。

勤めていた美容院に、週に一度くらいのペースでふらりと現れる人がいた。
名前は金ちゃん。気さくで、お洒落で、どことなく奇妙なひと。
髪の手入れに来ているのではなく、その美容院の経営者となにやら話し込んだり、珈琲を飲んでいったり、出前を頼んではスタッフルームでそれを食べて、その空いたお皿を軽く水洗いしてお店の玄関の目立たない場所にちょこんと置いて帰っていく。
トミーズ雅のことは「雅」と呼び捨てで、今いくよ・くるよのことは「いくよ姉さん、くるよ姉さん」と呼んでいた。
金ちゃんはいつも顎くらいまでの長さのさらさらのボブ・ヘアーだった。「この長さは便利やねん。顔、隠せるやろ。そこが重要なんや。帽子で顔を隠したら不自然な場所でも、髪で隠してたら自然やねん。」と教えてくれた。
あとになって、金ちゃんが闇の仕事、法を侵している危険な個人ビジネスをしていることを知った。あぁ、なるほど、だから髪で顔を隠す必要が、と私は妙に納得して、そしてちょっとだけ悲しかった。

ある日、出前のカツ丼を金ちゃんとふたりでスタッフルームで食べていると有線からレニー・クラヴィッツの曲が流れた。
「僕な、レニーが大好きやねん。」「私もね、大好き。今度、大阪でコンサートがあるよ。チケット販売、もうすぐだったと思う。行きたいなー。でもひとりでコンサートに行くのは怖いなー。」
「あ、そんなら僕の分のチケットも買うておいてくれる?レニー好きの僕の友達の女の子ふたりも絶対行きたいやろうから、全部で4枚。頼んでいい?」「いいよ、いいよ。私も嬉しい。」
「そんならチケットが取れたらうちに電話してきてな。そしたらすぐにチケットのお金、ここに持ってくるから。ほな、そうしよな。」

私はチケットを4枚入手した。あまりよい席ではないけど、金ちゃんもそのお友達もがっかりしないかな。大丈夫かな。でも、あぁ、楽しみだなぁ。どんな服を着ていこう。金ちゃんのお友達もきっとお洒落なんだろうなぁ。

後日。チケットが取れたことを知らせるために、金ちゃんから教えられていた番号に電話をした。
「はい、もしもし。」電話に出たのは金ちゃんのお母さんらしき人だった。
「もしもし、○○と言います。あの、、、、。」私はそのときになってやっと金ちゃんの下の名前を知らなかったことに気付いた。どうしよう。
「もしもーし?どちらさん?」
「あ、すみません!えーっと、あの、金ちゃん、いますか?」
「うちはみんな金ちゃんやで、お嬢さん。」
「あ、ですよね。あはは。」
「どの金ちゃんに用事なの?長男の金ちゃん?次男の金ちゃん?それとも長女の金ちゃん?次女の金ちゃんっていうのもおんねんけど。うちのお父さんも金ちゃんやしなぁ。」
「あ、髪をおかっぱにして、それで顔を隠してる金ちゃんです!」
「あぁ、男前の金ちゃんのことやね。男前過ぎて世間様に申し訳立たんから顔を隠してるんや、と本人は言うてはったで。美形は私に似たんやねぇ。ケチなところはお父さんに似たんやけど。それじゃ、ちょっと待っててな。男前の金ちゃん、呼んできますから。」
「もしもし、あぁ、きみか。僕のお母さん、よう喋るやろ。ごめんなぁ。電話代、高うついたなぁ。あ、チケット取ってくれたん?ありがとう。明日、すぐにお金、持っていくから。じゃ、また明日。」

 

コンサート当日。
金ちゃんはぴったりとした細身の紫色のレザーパンツに黒いサングラス。
金ちゃんのお友達の女の子たちは、二人とも明るく染めたロングヘアで。毛皮のコート、ショートパンツ、網タイツ、ブーツ、毛皮の下はほとんど下着のような出で立ちだった。
「金ちゃん、金ちゃんもお友達も、すごくかっこいいね。」
「せやろ。僕の自慢の女の子たちや。」
サイケデリックなプリントのベルボトムパンツを履き、お気に入りのヒステリックグラマーのニットを着て。うんとお洒落してきたつもりだった自分がなんだか恥ずかしくなってしまった。この世界での私はどんなにお洒落したって薄い存在なんだ。あぁ、この先もずっとずっと今のままの薄い人間でしかなったらどうしよう。頭をパンっと叩かれたようなショック。若さゆえのそのショックに、まだまだ若すぎる私はおろおろしてしまう。
それでも金ちゃんは、彼らと並ぶとかなり地味になってしまう幼い私に、「きみ、今日はお洒落に決めてるやん。可愛いで。」と誉めてくれた。

金ちゃんたち3人は、まるでそれもコスチュームのひとつのようにずっとガムを噛んでいた。
「君もガム、どうぞ。」と金ちゃんが一枚差し出してくれたので、私も一緒になってくちゃくちゃと甘い味のそのガムを噛みながらコンサート会場に入った。
私が取ったチケットのその席は2階席で、あまりよい席とはいえなかった。それでもコンサートが始まり、レニーが登場した途端、金ちゃんも、そのお友達も、私も、周りの人たちも、そこにいるみんなが一斉に立ち上がって、大歓声を上げた。

ドラムはアフロヘアの黒人女性で、レニーは写真やビデオで見ていたとおりの太いドレッドヘアで、照明は眩しくて、ホール全体がうねるように揺れているみたいで、ただもう何もかもが熱くて、胸が高鳴った。苦しかった。
レニーは歌っている。まるで芸術のようにそのドレッドを躍らせて、ギターを鳴らし、世界に向かって自分の全部を開いている。
それなのに。その感極まるようなその昂揚の隙間に。なぜだか私は、まるでフラッシュバックのように自分が育った町のことを想い出したり、中学のときにどきどきしながら男の子と下校したときのことや、わくわくしながら毎号楽しみにしていた雑誌のオリーブのことを考えていた。

ずべての曲が終わり、照明が落とされ、メンバーが大きく手を振り、お辞儀もして、ステージ袖に消えていった。
そして湧き上がるアンコールを求める声。声。声。
気付くと、金ちゃんの友達の女の子たちがいなくなっていた。
「あれ?お友達は?おトイレに行ったの?」
「あぁ、もうあの子らはいいねん。あの子らは今頃、レニーの楽屋やから。」
「え!」
「なんか、昨日な。あの子ら、ミナミのクラブで遊んでたら、レニーのスタッフに声かけられてんて。で、楽屋に入れてくれることになったらしくて。アンコール前になったら、スタッフ用の入り口に来るように言われたんやて。なんや、打ち上げに呼んでもらえるみたいやで。きみもそんなふうになるためには毛皮のコートの下には裸くらいの勢いを身につけんとなぁ。」

 

金ちゃんと別れて、私は電車に乗ってアパートに帰った。電車を待っている間に、スタンドのうどん屋さんできつねうどんを食べた。
電車の中。じっと耳を澄ませると、まだそこに残っているさっきまでのレニーの歌が、小さな耳鳴りのように聴こえてくる。とくとくと震えて、それはまだ確かに私の中に残っているのに、ここにいる誰にも伝わらない。誰にも聴こえない。そんなことをゆらゆらと、ぼんやりと考えていた。

家に着いて、まず汗で湿った洋服を脱ぐ。お気に入りのセーターを手洗いする。
なんとなく、母の声が聞きたくなって、電話をしてみようかな、と思う。
でもきっと、仕事で家にはいないだろう。
今日、ママはなにしてたんだろう。いい歳なのにまだホステスをして、昼間もパートに出て。疲れているんだろうな。誰かと再婚して早く楽になればいいのに。
大阪の水道水は美味しくないよ、と私が言ったら翌週には3箱も「南アルプスの天然水」を送ってきて。
会えばいつだって険悪で、私が成人してもなお、私に対して暴力で叱りつける事をやめることができなかったひと。

安いアパートの部屋の畳の上にごろんと転がってレニーのCDを聴いた。
レニーは熱くて、優しくて、かっこいい。
熱くて、恐怖で、逃げられなくて、ときどき恋しい母。

美容院での仕事で荒れた自分の手。薬品でかぶれて痒みがなかなか治まらない自分の手。
「どんなに水仕事したって、私の手は荒れないのよ。だから掃除のとき、ママは手袋なんかしないの。素手で、きちっと洗うの。きちっと拭くの。掃除はそうやってするものよ。」
私はこんなにかさかさの手になっちゃった。この手をママが見たらどんなふうに思うだろう。悲しむかな。私はどれだけ親不孝なのかな。

南アルプスの天然水を飲みながら、レニーのアルバムの歌詞カードを読む。
そうして私は母にも誰にも電話をすることもないまま、夜が更けるのをやり過ごす。もすうぐ日付も変わる。
進んでいるようで、私自身は何も進んでいない。
私は21歳になろうとしていた。私がそのときになれるものは、ただ、21歳になること、それだけだった。

私が美容院での仕事をやめて、アパートの家賃を3ヶ月滞納し、お詫びの菓子折りを持って娘が滞納した家賃を支払うために母が大阪にやってくることになるほんの少し前の夜だった。


4月 16 2012

アマヤドリ・デ・ヤキトリ。

 

その人と出会ったのはもう10年も前のことで、
私よりもうんと年上で、お洒落で、独特の話し方をする男の人。
これまで私が出会ってきた人たちの誰とも似ていない人だった。

彼との交流は今も穏やかに続いている。もちろん頻繁には会えないし、季節ごとのメールだけで一年が経ってしまうことだってあるけれど。

出会ってからしばらくして、彼は私に、「結局うまくいかなくて今はもう別れてしまったけど、今まででいちばん好きだった女の子に君はとても似てる。」と言った。
そういうことを人に言われることは今までにも何度かあったなぁ、と思いながらも、「そうですか。光栄です。」と私は答えた。そしてそれ以上は何も言わなかったし、聞かなかった。

ある日、彼に誘われてご飯を食べに行った。
「知り合いがレストランを開いたんだ。でも、ちょっと心配なんだよね。」と彼が言うだけあって、そのお店はあまり居心地もよくなく、私たちは早めにそこを切り上げることにした。
店を出て、横断歩道で信号待ちをしていると、ぽつぽつと静かに雨が降り始めた。
そして信号が青になり、私はすぐに歩道に進もうとした。
そのときだった。
右から一台の車が飛び出してきた。
「あ。」と小さく言葉が漏れて、体がぎゅっと縮むような、時間が止まるような気がした。その瞬間に強く私の右腕を彼が掴んだ。
突進してきた車はそのまま一瞬で私たちの前を走り去った。
「わー。怖かった。轢かれるかと思ったー。ありがとうございます。」と言うと、彼はまだ私の右腕を掴んだままで、「ずっと前だけど、昔の彼女と歩いていて同じようなことがあったんだよ。これはデジャブかと思ったよ。あぁ、怪我しなくてよかったよね。」と言いながら、横断歩道を渡り始めた。
渡り終えてからようやく、「あ、僕はまだずっときみの腕を掴んだままだった!ごめんね!」と彼が気付いて、私はわざと、「もう。人が見たらまるで連行されてるみたいですよー。」と茶化した。

雨は次第に強くなり、「タクシー拾おうかとも思ったんだけどさ、焼き鳥でも食べていこうか。雨宿りがてら、ここで。」と彼が目の前の小さな焼き鳥屋さんを指差した。
「いいですね。焼き鳥屋で、雨宿りって。」
さっそく暖簾をくぐって、煙がもうもうとする中へ引き込まれるように入っていく。

二人でカウンターに並んでビールを飲み、焼き鳥を食べる。
そして彼は話し始める。カウンターの向こう側で黙々と焼き鳥を焼くお店の人をじっと見つめながら。だけど、彼が今本当に見ているものは、炭火で焼かれている串に刺さったお肉や野菜ではないんだろうなぁ、と思う。
「さっき、デジャブかと思った、って言ったのはさ。あのとき、まだ信号が赤のときからね、あぁ、こうして前にも、昔の彼女と横断歩道で信号待ちをしていて、今にも雨が降り出しそうで、信号が青になったとたんに彼女は歩き出して、そのとき信号無視の車に轢かれそうになって。あれは危なかったよなぁ。怪我しなくて本当によかった。きみと彼女はいろんなところが似てるけど、まさかこういう出来事まで重なったりしないよなぁ。って、考えてたの。いつまでも昔の彼女のこと想い出してる自分はあまりかっこよくないなぁ、とも思ってるし、分かってるんだけど。あぁ、さっきは昔の彼女のことを想い出していてよかったー、ってなんだか今頃になってじわじわとね、こみ上げてるんだよ。変だよね。ごめんね。」

「今まで、きみは昔の彼女に似てるとか男の人に言われても、それは昔飼ってたインコや猫や犬に似てるって言われるのと同じくらいのことだと思うようにしてたんです。だって、そこから男の人が始める会話はちょっと面倒だったり、そんなに楽しくなかったりするし。だけど、今日はその昔の彼女さんに自分が似ていたおかげで、命拾いさせてもらえましたよ。その彼女さんに私からもお礼を言いたいくらい。その彼女とのことを今日のあの瞬間に想い出してくれていたことにも感謝しなくちゃ。」

そう言ってくれたらなんだかほっとするよ。と彼はふーっと深呼吸をした。だけど、インコに似てる女の子っているかなぁ?言われたことあるの?

二杯目のビールを頼んで、また少し別の話をして。
気持ちもほどよくくだけてきて、彼はにこにこしながら、「今度また誰かと恋愛することができるなら、その相手は昔の彼女とは正反対のタイプがいいんだよ。」と言ったところで、同じカウンターで飲んでいた見知らぬ人が、「えー!あんた、昔の彼女に似てるこの女の子を口説いてんじゃなかったのー!?」と大声を出して身を乗り出してきた。黙々と串を焼いていたお店の人までが申し訳なさそうに、「すみません、私も口説いてるんだろうと思っていたので、今のその言葉に驚いてしまいました。」と言い出す。

私はおかしくて、「みんなで聞いていたんですか?」と驚きながら、「別に男女の友情というわけでもなく、恋愛でもないけど、私は彼にとても大事にしてもらっています。」と話して、そしてお店の人から盗み聞きのお詫びです、と何品かの小鉢や焼き物をサービスしてもらい、カウンターの並びのお客さんからもビールを奢ってもらった。

とても楽しい夜だった。
彼がどうして昔の彼女と別れることになったのか、それは今でも知らない。
私から聞かなくてもよいことだし、彼が話したくなったら、そのときに話して聞かせてくれたらそれでいい。
今でもまだその人のことを好きだと思うなら、想っていてあげればいい。
もっと時間が必要なら、待てばいい。
実はもうとっくに気持ちは安定しているのに、なんとなく想い出に甘えたい夜だってあるのかもしれない。
それもまたそれ。ひとそれぞれ。
偶然、私はその彼女にどことなく似ているらしい。
彼はその彼女をとても愛して、そしてその人に似ている私をいつも大切にしてくれる。
いつか彼は、彼女とも私とも似ていない可愛らしい素直な女性と出会って、また新しい恋愛をするでしょう。

 

その焼き鳥屋さんを出るときにはすっかり雨も上がっいて、ふたりで駅までの道を並んで歩いた。
横断歩道は子供みたいに右、左、と確認して、二人とも真面目な顔をして右手を高く挙げて渡った。

駅で彼と別れて、ひとりで乗った電車の窓には、ちょっと酔って、でもなんだか楽しそうな顔の私が映っていた。

 


3月 28 2012

「主題歌」

元気?
君は今、何してるの?
また一緒にあの町を歩きたいなぁ。
ねぇ。